「源氏物語 初音」(紫式部)

まるで「新春スペシャル・これが六条院だ!」

「源氏物語 初音」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

源氏三十六歳の正月、
六条院は初めての春を迎える。
元日、源氏は
女たちのもとを回るが、
正妻・紫の上に気兼ねしながらも、
つい明石の君のもとで
その晩は過ごしてしまう。
翌朝、やはり焼きもちを
焼いていた紫の上を見て
源氏は…。

源氏はどうしたか?
仕方なく狸寝入りをしてごまかした、
というこれまでになく肩の力の抜けた、
穏やかな展開の帖です。
というよりも筋書きは
ないに等しいのです。
前々帖「少女」で完成していた六条院での
初めての正月を過ごす
源氏の様子を描くことによって、
壮大なハレムとしての六条院を
読み手に伝えるという
源氏物語第二十三帖「初音」は、
下世話ないい方をすればまるで
「新春スペシャル・これが六条院だ!」
とでもいうべき内容なのです。

新春の源氏の足取り①
紫の上と和歌の交換

書き出しはもちろん正妻・紫の上との
やりとりを描いています。
互いに新春を祝う歌を交わし合い、
春を喜んでいます。
平安の元日はこのように
格調の高いものだったのです。

新春の源氏の足取り②
明石の姫君に書の指導

次は明石の姫君の部屋を訪ねます。
六歳の姫君に、実母・明石の君への
手紙の返事を書かせるのです。
同じ屋敷内に住んでいながら
会うことのできない母子。
その境遇をどうこういう前に、
やはり六条院の広さを
思い知らされます。

新春の源氏の足取り③
花散里でリラックス

花散里の容姿についての描かれ方は
帖を重ねる度にひどくなっていきます。
衣装は地味すぎ、
髪は薄くなっている。
しかし源氏がいちばん落ち着くのが
花散里といる空間なのです。

新春の源氏の足取り④
玉鬘の若さと美貌に気の迷い

これからの物語に
大きな役割を担っている玉鬘。
この春は、実は
玉鬘目当ての客が多かったのです。
源氏も次第に夕顔に似てくる玉鬘に、
ついふらふらと
引き寄せられそうになるところを
ぐっと堪えているのです。

新春の源氏の足取り⑤
明石の君のもとでつい一泊

用意周到な明石の君の部屋で、
ついそのまま泊まってしまう源氏です。
紫の上の顔を思い浮かべながらも、
何とでも誤魔化せると
確信しているのでしょう。
ここまでが元日の源氏の行動です。

新春の源氏の足取り⑥
末摘花またしても登場

数日後、源氏は末摘花のもとを訪れます。
末摘花もまた六条院に
住まわせてもらっているのです。
相変わらずセンスのない服装が
描かれていますが、
かつてよりも末摘花の教養の高さ
(和歌の学問を研究している)が
強調されていて、
単なる道化ではなくなっています。

新春の源氏の足取り⑦
空蝉の尼君のもとで精神修養

実は空蝉もまた源氏の庇護のもとに
生きていたのです。
末摘花同様、源氏は
一度関係を持った女性を、
決して粗末には扱わないのです。

前帖と切り離して本帖だけ読むと、
源氏が一軒一軒訪問したかのような
印象を受けるのですが、
これは全て自宅内でのことなのです。
彩り豊かな女性たちを囲う
壮大なハレム・六条院。
しかしよく考えると、
ここで登場している七人の女性の中で、
この時点で性的関係を保っているのは
紫の上と明石の君だけです。
「性の楽園」などではなくあくまでも
「平安貴族最大の邸宅」なのです。
ここが紫式部の
節度ある創作姿勢といえるでしょう。

(2020.6.20)

RRiceさんによる写真ACからの写真

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